理研で50年以上ずっと農薬の研究を続ける有本さん!
SaFE農薬の開発秘話をシリーズでお届け。
今回は、大ヒット商品カリグリーン誕生前夜を紹介します!
ep.2では、重曹が主成分の農薬「ノスラン水和剤」の開発までの道のりを紹介しました。
順調に農薬登録まで進んだ「ノスラン水和剤」ですが、大変な荒波が襲い掛かりました。
▷ep.2はこちらから。
有本さんたちはこれまでの様々な試験の結果からノスラン水和剤は薬害が出ないことを入念に確認していたにもかかわらず、イチゴで薬害が出たとの知らせが入りました。
現地へ確認しに行くと、連絡の通りイチゴの葉とガク(花びらの外側にある部分)が褐色に変色してしまっていました。実際の畑での使用では薬害が出てしまったため、ノスラン水和剤の販売は延期となりました。
すぐさま原因の究明を進めた結果、農薬の散布回数が増えると徐々に薬害が表出してしまうことが分かり、イチゴだけでなくキュウリにおいても同じように薬害が出ることも判明し、遂にノスラン水和剤は販売中止となってしまいました。
農薬登録まで順調に進んだ矢先での開発中止に、有本さんたちは失意のどん底でした。
しかし、そのような状態でも、有本さんたちは「重曹」の農薬への応用の可能性を諦めませんでした。
薬害発生のメカニズム究明
「なぜ、薬害がでてしまうのか。そのメカニズムを究明すべきだ。」
有本さんたちは失意の底から這いあがり、薬害のメカニズム究明に乗り出しました。
薬害発生の条件を細かく整理し、丁寧に一つ一つ検証を積み重ねていった結果、薬害発生のきっかけが「乾燥」ではないか、との仮説に辿り着きました。
そこで、理研の実験場の水槽から水を抜き、乾燥条件で実証実験を行ったところ薬害を再現することができました。
薬害が発生する条件を突き止めた有本さんたちは、乾燥条件で重曹に何が起きているのかを詳細に調べ、遂に重曹が薬害を生じさせてしまうメカニズムを突き止めます。
乾燥する条件で重曹を散布すると、溶液中の重曹が葉に吸収される前に溶媒の水分が蒸発し、重曹が葉面で結晶化してしまいます。この結晶化が何度も繰り返されるうちに、重曹の結晶はどんどん大きく成長していきます。大きくなった重曹の結晶が葉の表面に付着した状態で、夜露が葉の表面にくっつくと、非常に高濃度の重曹溶液が葉の上に生じることとなり、その結果薬害が発生していました。
薬害の原因は乾燥による重曹の結晶化
薬害発生メカニズムを突き止めた有本さんたちは、重曹の結晶化を妨げるための手段の探索に移ります。
一般的に、物質の結晶化を妨げるためには「不純物」を加えれば良いことが知られています。そこで、有本さんたちは様々な物質を様々な濃度で重曹に混ぜては結晶化させてみて、重曹の結晶化を効率よく妨げる物質を来る日も来る日も探し続けました。
そんな物質の探索を日々繰り返す中、奇跡が訪れます。
有本さんは、その日も試験管に重曹を測りとり、それに添加する化合物を測って加えていたところ、重曹の入った試験管が1本余ってしまいました。そのまま捨てるのはもったいないなと思い、余った1本にちょうど目の前にあった「グリセリン脂肪酸エステル」を何の気なしに加えて実験を進めました。
計画に沿って進めた実験の結果は芳しくなかったのですが、何の気なしに加えたグリセリン脂肪酸エステルの試験管では、これまで見たことがない現象が起こっていました。まるで重曹がグリセリン脂肪酸エステルによってコーティングされているような状態となり、重曹の結晶が大きくなれないようになっていたのです。
重曹とグリセリン脂肪酸エステルを組み合わせることによって、薬害の出ない重曹農薬が完成したのです。
有本さんの安全な農薬開発への執念と、偶然が織りなす奇跡が、SaFE農薬第1号「カリグリーン」に繋がった瞬間でした。
カリグリーン水溶剤は、1993年に日本で農薬登録され、1997年には米国でも農薬登録を済ませ、現在では10か国以上で、年間300トンを超える使用量にまで成長しています。
あの日試験管が1本余らなかったら…、と思うと奇跡のような研究秘話ですね。
さらなる有本さんの研究秘話はep4をお楽しみに!