SaFE農薬開発秘話-ep.2ミカンのヘタで止まるカビを調べてみたら‥

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理研で50年以上ずっと農薬の研究を続ける有本さん!
SaFE農薬の開発秘話をシリーズでお届け。

「安全・安心な食糧生産のために、安全な農薬を作ろう」をテーマに研究を始めた有本さんたち。
ep.1では食品にもよく使われるアミノ酸を使った農薬の開発をするも、残念ながらお蔵入りとなってしまった話までをご紹介しました。

▷ep.1はこちらから。 

今回は意外な形で開けた突破口をご紹介します。

研究当時の有本さんと本間さんほか

研究当時の思い出の1枚。右が有本さん。左は今回の研究の糸口になった本間さん。


コードネームNO.5やレシチン農薬の失敗にもめげず農薬に使えそうな化学物質を探し続けていた有本さんたちですが、当時の研究室には他にも色々な研究を行っている方がいました。
その中の1人である本間研究員は理研に来る前、果樹試験場興津支場*1でカンキツ軸腐病 (読み方:じくぐされびょう)が発病するメカニズムの研究を行っていました。次の農薬開発ではこのカンキツ軸腐病がポイントになりました。

*1; 現在の国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所 カンキツ研究興津拠点

ミカンをはじめとする柑橘系植物に大きな病害をもたらすカンキツ軸腐病では、病原菌となる糸状菌(カビ)がミカンの枝から侵入し、そこから菌糸をどんどん伸ばしてミカンの果実への侵入を試みます。
この菌は冬の間、ミカンの木の枝で過ごします。春になると胞子をつくり、枝の上で発芽して果実に向かって侵入していきます。しかし、ヘタのところに来ると侵入がピタリと止まり、病害は発症しません。
それで侵入はおしまいかと思いきや果実を収穫した後、ヘタを中心に果実が腐敗してくるのです。

カンキツ軸腐病の様子

カンキツ軸腐病にかかったミカン

観察から生まれる疑問
なぜヘタのところで菌の侵入は止まるのか?

この疑問に対して有本さんと本間さんたちは「ヘタに菌の成長を止める物質(抗菌性物質)が存在するためではないか」と仮説を立てました。収穫してしばらくすると果実が腐敗してしまうのは、ヘタにあった抗菌性物質がなくなり、菌が果実の中に侵入できるようになるからではないかと予想したのです。

この仮説の検証を試みて、秋に収穫した直後の果実からヘタを集めて調べてみるとミカンのヘタには「ヘスペリジン」という物質が存在し、これが抗菌性物質として働くことで菌糸の侵入を防いでいることを突き止めました。

水中でイガグリ状の結晶となるヘスペリジン

カンキツ軸腐病 抗菌物質 ヘスペリジン

そこで有本さんたちはこのヘスペリジンを有効成分とした農薬が製造できないか検討を始めました。
まずはヘスペリジンそのものの特性を調べていくと、ヘスペリジンはアルコール等には溶解するものの、水の中ではイガグリ状の結晶となってしまい、ほとんど溶けないことが分かりました。
農薬を製造するうえで「水に溶けない」という特性は都合が悪く、例えば、その抗菌活性の測定が非常に難しくなってしまったり、農薬散布の際にも農作物への水やりと組み合わせて散布できなったりするため、使用するうえで一手間かかる農薬となってしまいます。
そこで、有本さんたちの次なるハードルは、「ヘスペリジンを水に溶解させることができる条件」を探すことにしました。

様々な条件を検討した結果、有本さんたちはヘスペリジンが弱アルカリ性の水によく溶けることを突き止めました。そこで水を安全かつ安価に弱アルカリ性にすることができる素材を有本さんたちは検討し、その答えとして「重曹」にたどり着きました。
重曹は食品や医薬品にも添加される成分でもあり、これはSaFE農薬のコンセプトに合致するものでした。予想通り、重曹を溶かした水溶液にヘスペリジンはよく溶けたので、有本さんたちは「ヘスペリジンを水に溶解させることができる条件」とのハードルも超えることができました。


重曹を使った農薬を開発しよう!

ヘスペリジンを水に溶かすことができたので、ヘスペリジンの抗菌活性を測定するための準備もばっちり整い、有本さんたちは様々な条件下でのヘスペリジンの抗菌活性を測定することを試みます。

科学の実験では、各条件での有効成分そのものの効果を検証するために、あえて有効成分を含めない条件(ネガティブコントロール)でも試験をする必要があります。そこで、有本さんたちも、ヘスペリジンは加えず重曹だけを加えた試験区をネガティブコントロールとして設定して、いざ、ヘスペリジンの抗菌活性を測定しました。

ヘスペリジンの抗菌活性の測定試験の結果は予想外の結果に…。

もちろんヘスペリジンは抗菌活性を有していたのですが、一番効果が高かったのは、なんと重曹だけを加えたネガティブコントロールだったのです!
(この発見が有本さんの「重曹農薬」の原点となり、現在も世界中で多くに人々に愛用されているSaFE農薬第1号「カリグリーン」へと繋がる第一歩となっていくのですが、それはまた次エピソード以降で明らかにしていきます!)

この発見をきっかけに、有本さんたちはさらに重曹がキュウリうどんこ病やイネいもち病、イチゴうどんこ病などの病害に対して防除効果を有することを確認し、その結果、重曹を主成分とした「ノスラン水和剤」を開発しました。
「ノスラン水和剤」はその主成分が食品添加物や医薬品として長年使用されている重曹ということもあって、その安全性がスムーズに認められ、とんとん拍子に農薬登録(1982年)となりました。

ノスラン水和剤のサンプル

ノスラン水和剤のサンプル

しかし、「然うは問屋が卸さない」とばかりに、この後「ノスラン水和物」がなんとお蔵入りになってしまうほどの大問題が起きてしまいます。ep.3に続く・・


有本さんたちの「重曹農薬」の原点がネガティブコントロールから生まれたというのは、論理的/合理的思考の積み重ねの結果のみから確立されていると思われがちな科学の思わぬ一面を紹介するものでとても興味深く、まさに開発秘話ですね。

そして、NO.5やレシチン農薬と同様、上手くいきそうでなかなかうまくいかない有本さんたちの農薬開発。苦難の連続ですが、次エピソードではさらにその苦境を乗り越えて、ついに「カリグリーン」の完成に至ったときの秘話が明かされます。次回、ep.3をお楽しみに!

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