理研で50年以上ずっと農薬の研究を続ける有本さん!
SaFE農薬の開発秘話をシリーズでお届け。今回は研究の原点に迫ります。
- Profile
有本 裕 ARIMOTO Yutaka, Ph.D.
理研 名誉研究員 (Sharing バトンゾーン; 有本特別研究室 2010年4月 – 2020年3月)
農薬は安全でなければならない
有本さんが理研に入所したのは1970年のこと。
理研では1960年代後半から「安全・安心な食糧生産のために、安全な農薬を作ろう」をテーマに掲げ、4つの化学合成研究室に加え、病害・虫害・除草剤の研究開発を行う研究室、生物試験を担当する研究室の計8研究室体制をとっていました。
世界に目を向けると、1962年にレイチェル・カーソンが「沈黙の春」を出版し化学物質による環境汚染について警鐘が鳴らされていた、そんな頃でした。
一方、日本は1950年代中頃から高度経済成長期に入り”科学万能”ともてはやされた時代でした。
そんな時代に、有本さんたちの研究室では「農薬は安全でなければならない」という目標を掲げて研究していたのです。
コード番号NO.5:N-ラウロイル-Lバリン
まず有本さんたちは「アミノ酸」に目をつけました。アミノ酸は人の体の約20%を占めるたんぱく質をつくっていて、我々にとって必要不可欠なものです。
来る日も来る日も農薬に使えそうな化学物質を探し続け、最初に見つけたのがN-ラウロイル-Lバリンです。これはアミノ酸のバリンとラウリルアルコールという食品にも含まれる2つの物質がくっついたもので、「NO.5」のコード番号で呼ばれました。NO.5は、日本で最も有害なイネの病害とも言われている、いもち病に高い効果を発揮しました。
さあ、これですぐに農薬販売!‥とならないのが農薬開発の世界です。 実験室で効果があると分かっても、実際に作物を育てる場所で使ってみて効果がないと意味がありません。
NO.5を実際に使ってみて効果があるのか、それを確かめるためにまずはNO.5を農薬として使える形にする必要がありました。これを「製剤化」と呼びます。
その後、製剤化したNO.5を実際の現場で使って効果があるかどうかのテストをします。そのテストは「圃場(ほじょう)試験」といって、実際に農作物を育てる田畑などにある一定区間を設け、農作物を栽培して繰り返しテストを行います。
NO.5の製剤化は、理研、味の素、日本農薬、クミアイ化学、科研化学、全農で構成されるアミノ酸農薬研究会に、圃場試験は日本植物協会にお願いをしました。
結果は「効果あり」。 農薬としての効果が認められました。
しかし農薬として販売するにはこの判定だけでは終わりません。 農薬検査所で主に安全性についての審査を受け、それから農薬として登録する必要があります。
NO.5はアミノ酸のバリンとラウリルアルコールからできています。それぞれ、原料は食品として毎日と言っていいくらい摂取しているものです。しかし、NO.5(NーラウロイルーLバリン)は新しい化合物で安全性は未知数。農薬として登録するにはすべての項目で試験をする必要がありました。
安全性評価には約10億円の費用がかかると言われました。 費用対効果の点からNO.5はお蔵入りとなってしまいました。
大豆レシチン
その後も農薬として使えそうな化学物質を探し続け、キュウリうどんこ病に治療効果のある「大豆レシチン」を見つけました。これを「レシチン農薬」として農薬登録を取り、なんとか発売までこぎつけました。
しかし、レシチン農薬の病害への効果は十分でなく数年を経て発売が中止となってしまいました。
その後も有本さんたちは農薬に使えそうな化学物質を探し続けましたが、有効な化合物を見いだすことはできませんでした。
ep.2に続く‥
今回から本格的に始まったSaFE農薬開発秘話の連載。有本さんたちは初回から壁にぶち当たりました。
農薬としてうまくいきそうになったものの費用の観点から断念したNO.5、効果が十分でないことが分かり発売中止となったレシチン農薬。
上手くはいかなかったものの、アミノ酸と大豆レシチンという食品として摂取できるような化学物質から農薬へつながる第一歩を踏み出しました。
有本さんたちが次に目をつけたものは何なのか‥次回、ep.2をお楽しみに!