理研で50年以上ずっと農薬の研究を続ける有本さん!
SaFE農薬の開発秘話をシリーズでお届け。
逆境すらも農薬開発に役立ててしまう有本さんの研究者魂をご紹介します!
ep.3では、SaFE農薬第一号となる「カリグリーン」の開発秘話をお届けしました。
今回は、ご自身の加齢すらも農薬開発に役立ててしまう有本さんの研究者魂をご紹介します。
▷ep.3はこちらから。
理研での研究生活50余年の有本さん。カリグリーンを開発したあとも、様々なSaFE農薬を開発しました。
最近では、「葉ダニ(ハダニ)」をターゲットとした忌避効果(虫が嫌がって近寄らなくさせる効果)を有する農薬の開発に取り組みはじめます。
ハダニはクモの仲間で、体長0.1〜0.8mmほどの黄緑色や茶色の虫です。ハダニは葉の裏に寄生して栄養を吸汁し、放っておくと葉の色が悪くなり最後は植物を枯らしてしまいます。
ハダニには翅(はね)がないので、コナジラミ類やアブラムシ類といった虫のように飛んで植物と植物の間を移動することはできず、もっぱら歩いて移動するか、おしりから糸を吐いてその糸と共に風に乗ったりして移動します。
そこで、ハダニの忌避効果を有する薬剤を探すときには、まず葉っぱの上にあらかじめ決めた数のハダニを成育させ、そのハダニを乗せたまま葉っぱを切り取って新しい葉っぱに移します。新しい葉っぱには薬剤を散布していて、どれだけの数のハダニが移動するかを観察します。この時の移動したハダニの数によって薬剤の効果を判定するという方法が一般的に採用されていました。
この従来型の方法では、最初の葉っぱに乗っていたハダニの数と新しい葉っぱに移した際のハダニの数の合計(移動したハダニと、移動しなかったハダニの合計)が一致していないといけません。したがって、最初の葉っぱに乗っているハダニの数を正確に数えておく必要があるのですが、有本さんは小さな虫を一匹ずつ数えるのは大変になってきました。(寄る年波で老眼になってしまったそうです。)
これまでにもいろいろな苦境に立たされてきましたが、実験が大変になるという新たな種類の壁にぶつかってしまった有本さん。しかし、今回もこの苦境を乗り越えるために科学者にとって重要な「柔軟な発想」で解決していきます。
ハダニの数を正確に数えるのが難しいなら、正確に数えなくてもよい実験方法を新しく作ろう。そう考えた有本さんは、シンプルに「ハダニが移動してくるかどうか」で効果を判断できる実験方法を新たに考案しました。ポイントは、ハダニが葉っぱから次の葉っぱに簡単に移動できるようにすることでした。
葉っぱ同士を確実に接ぎ木用ピンチ(時に、洗濯ばさみ)で数珠のように何枚かくっ付けてハダニが簡単に移動できるようにし、つなげた先の葉っぱには薬剤で処理しておきます。そうすると、最初のハダニの数が正確でなくとも、ある程度の同じ数のハダニが最初の葉っぱで生きていることさえ判れば、葉っぱに移動するかしないか、何枚の葉っぱを移動したかを確認することで薬剤の効果を判定することができます。
この新しいオリジナルの実験方法を用いて調べたところ、確かにハダニ忌避効果がある薬剤を見つけることに成功しました。また、従来の方法とも比較しながら新しい方法の信頼性についても確認していきます。その検証の中で、葉っぱが枯れた状態にならないとハダニは移動しないといった新発見がありました。
そして、最終的には新しい実験方法によって新しい農薬候補を作り出すことに成功しました。
有本さんは今回の研究を振り返り、「新しい農薬は新しい実験方法とともに見つかるよ。」と話してくれた大先輩を思い出したそうです。
新しいことを成すためには、従来のやり方だけに捕われるのではなく、新しい方法にも目を向けて取り組んでいく。
さまざまな困難を乗り越えていく必要がある現代だからこそ、この姿勢は科学者に限らず見習っていきたいと思わせてくれる、そんなエピソードでした。
有本さんの理研での50余年の永きにわたる農薬研究の過程は、決して平坦なものではなく、試行錯誤、紆余曲折、そして苦難の連続でした。しかし、有本さんはその飽くなき知的好奇心や、エンドユーザーへより良い製品を届けようとする覚悟や執念、そして類い稀なる創意工夫によって困難を一つ一つ乗り越えてきました。
そして有本さんの覚悟や熱意が周りの研究仲間や協賛企業にも伝播した結果として、カリグリーン水溶剤をはじめとする安心・安全なSaFE農薬の実用化に繋がりました。
おまけタイムズで紹介したエピソードは、有本さんの研究秘話のほんの一部分にすぎませんが、その多くは苦境や逆境からの大逆転で、そこには有本さんの「安全な農薬を作り出したい!」との揺るがぬ信念があったからこそのものでした。
一人の研究者の熱意や覚悟が、時に訪れる苦境や逆境に立ち向かうためのエネルギーとなり、その熱意や覚悟は研究成果の実用化につながる大きな原動力であることを感じさせてくれました。
有本さんから共有していただいた素敵なエピソードをとおして、少しでも多くの研究者の方々にこの事実が伝わり、未来の人々の暮らしを豊かにすることに繋がっていくことを願っています。