科学が切り開く新しいワクチンパンデミックを防ぐ仕組みを目指して

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動物アレルギー検査株式会社の提案で設置したONE TEAM バトンゾーンの「人工ワクチン研究チーム」はこれまでにない適応力と新しい効果を持ったワクチン開発を進めています。
チームリーダーの増田健一さんに新しいワクチンの必要性と将来の展望についてお話をききました。

増田チームリーダー「科学の力で、新しいワクチンを」」

– プロフィール Profile –

増田 健一 MASUDA Ken-ichi, Ph.D.
理研BZP人工ワクチン研究チーム チームリーダー
動物アレルギー検査株式会社 代表取締役社長)

適応力と新しい効果を持ったワクチンの開発


─ 新型コロナウイルスの感染症COVID-19によって世界は大きく変わり、ワクチンに対する関心は高まっています。人工ワクチン研究チームに興味を持つ方も多いと思いますので、まずは自己紹介をお願いします。

私自身は獣医師で、理研に入る前は東京大学で獣医学を研究していました。理研では免疫学の研究に移って様々なテーマを研究しましたが、その中で発明したアレルギーの検査法を実用化するため「動物アレルギー検査株式会社」を理研ベンチャーとして起業しました。おかげさまで会社も軌道に乗ることに成功しましたが、その後も理研で研究していたテーマの一つを掘り下げてアレルギー根治の研究を進めていました。
そしてアレルギーを根治する薬として進めていたものが新しい効果を持つワクチンになると気付き、ワクチン研究を本格化するため2015年に人工ワクチン研究チームを発足して理研のチームリーダーとしても活動しています。

今年度からチームをリニューアルし、私達のワクチン技術を応用してCOVID-19 ワクチンを開発中です。

─ 非常に画期的なワクチン技術だと聞いていますが、どんな特徴があるのですか?

幾つかありますが、どのワクチンと比べても根本的にまったく違うのは体の中で起こる免疫反応です。少し長くなりますけど、まずはこれまでのワクチンの特徴から説明しますね。

人類で最初にワクチンの仕組みに気づいたのは、18世紀のイギリスの医学者エドワード・ジェンナーです。その頃は天然痘という非常に危険な感染症が問題で、これは天然痘ウイルスによって起こる感染症です。ジェンナーは天然痘ウイルスに似ているけど危険度が低い「牛痘ウイルス」に感染した経験があると天然痘を予防できることを実証しました。その後、19世紀にフランスのルイ・パスツールが弱毒化したウイルスを作って接種すれば同様に免疫ができ、他の感染症に応用可能なことを証明しました。これは現在も「生ワクチン」として使われる技術です。

─ あらかじめ感染を経験したような状態を作って免疫ができるのがワクチン、ということですね。

はい、その通りです。現代ではウイルスや細菌の感染能力をなくしたものを使う不活化ワクチンというのもあります。生ワクチンと違って実際に感染はしませんがウイルスなどが体に入ってきたようなときと同じような状態になるので、広い意味では感染を経験したようなものですね。これが現在のワクチン技術で共通する仕組みです。

─ COVID-19ワクチンの開発では新しいワクチン技術も登場して期待されていますよね。「DNAワクチン」「mRNAワクチン」「ウイルスベクターワクチン」といったものを耳にします。

これらは生ワクチンの問題点の一つである「長い開発期間」を解決できます。
生ワクチンは弱毒化したウイルスが主成分ですが、流行中の新しいウイルスを弱毒化する必要があり、それを増やす方法も開発しなければいけません。どうしても時間がかかってしまいます。不活化ワクチンも同様です。

新しいワクチン技術では、ウイルスの遺伝情報が分かれば人工的な合成方法でワクチンを作れます。DNAワクチンは人工的に作ったDNAが主成分ですし、mRNAワクチンはDNAの代わりにRNAを使います。ウイルスベクターワクチンも、安全とされるウイルスに新型コロナウイルスのRNAの一部分を人工的に組み込んだものですね。
いずれも基本が人工合成なので開発期間を短縮できるメリットがあります。

─ ワクチンの技術は進歩していますね。

確かに前進していますが、実はワクチンが誘導する免疫反応の仕組みについてはジェンナーの時代から大きく変わっていません。
先ほどの3つの技術はいずれも投与した体の中でウイルスのタンパク質を作らせて免疫反応を起こそうとするものです。実際に感染したときでも体内でウイルスのタンパク質が作られますから「あらかじめ感染を経験したような状態を作る」という部分は基本的に同じと言えます。
ですので、ワクチンが刺激する免疫反応はそれぞれ強さに差があっても、ワクチンが利用する免疫の仕組みとしては大きく違いません。

私達の技術はmMAP(エムマップ)といいますが、私自身が理研で免疫学に深く関わったからこそ開発できたもので、まったく異なる免疫の仕組みを利用します。その点では現代の科学に基づいた新しいワクチンと言ってもいいと思います。

─ 具体的にどのようなワクチンなのですか?

mMAPもウイルスの遺伝情報があれば人工的な合成方法で作れまして、免疫反応でウイルスを攻撃するターゲット位置を遺伝情報から決めます。それを元に「ペプチド」を合成して特殊な立体構造にしたのがmMAPです。

mMAPを投与すると、ターゲットだけを攻撃するIgMという種類の抗体を比較的長い期間作ることができます。普通のワクチンではIgGという抗体が作られますが、mMAPではあまり作られません。正確には、IgGが作られても普通のワクチンによるIgGとは少し違ったタイプのIgGしか作りません。
これはmMAPが特殊な免疫細胞を刺激して起こる現象だと考えています。

mMAPの特徴を示した表

─ 確かに免疫反応そのものが全然違いますね。どんな仕組みなのですか?

理論的には、体内ではあらゆるものに抗体を作る準備ができています。しかし、そのまま抗体を作らせると自分自身の細胞を攻撃する抗体も出てきますから、それを防ぐための仕組みとしてブレーキを備えています。ブレーキは大切で、ここがダメになってしまうと自己免疫疾患という自分で自分を攻撃する病気になります。
しかし一方で、ブレーキが十分に効いているためウイルスに対する有効な抗体も作りにくい状態にもなっています。そこで、そのブレーキとは関係ない仕組みを利用し、ウイルスを攻撃するのに理想的な抗体を作らせるのがmMAPの仕組みです。

─ その辺りが現代の免疫学を取り入れたワクチン技術ということですね?

はい。科学はジェンナーやパスツールの時代から遥かに発展しています。免疫学は難しい学問領域ですが科学の力で非常に多くのことが分かってきています。それを使わない手はないなと。

増田チームリーダーの説明


リスクをなるべく検討して安全性を

─ 今はCOVID-19のワクチンを開発されていますが、これまでにどんなワクチンを開発してきたのですか?

最初にお話したようにmMAPのきっかけはアレルギー治療で、症状の原因の一つである体内のIgEを抑えるmMAPを作りました。通常はブレーキによってIgEに対する抗体は作られませんが、これに成功しました。
この研究から特殊な免疫細胞を刺激できたことを確信しましたが、IgEのようにアレルギー症状を起こす体内物質を抑えるのは良いとして、一般論では体内物質を抑えるとそれによる副作用も心配になるのでウイルスのように体内には元々ないものをターゲットにしようと考えました。

─ 確かにウイルスに対しては色々な抗体ができると良さそうですね。

ウイルスが変異するとワクチンが効かなくなるという話を聞いたことがあると思います。ウイルスには変異しない部分もありますが、その部分には抗体が作られないためウイルスは変異することでワクチンから逃れて生き延びます。
そのためウイルス変異は問題になりますが、mMAPはブレーキと関係なく様々な抗体を作れます。ウイルスが変異しない部分に抗体を作ろうとするのは常識的には無理と諦めるところですが、そのように設計してチャレンジしました。

例えば人類がこれまでに確認したエボラウイルスは5種類ありますが、それらすべてに共通する部分に対して抗体を作らせることに成功しました。次に、複数の鳥インフルエンザウイルスに対応するmMAPも成功しました。
これらの成功をベースに、殆どのコロナウイルスに共通する部分に抗体を作らせるよう開発を進めています。これを「汎コロナウイルスワクチン」と呼んでます。

─ ウイルス変異はワクチン開発の課題とされていますから非常に期待が持てる話ですね!

はい。ですが、もちろん安全性も大事だと考えています。
mMAPの主成分はペプチドで、過去にがんワクチンという薬でも多くトライされていた成分なので安全性は分かっています。そもそもペプチドは体を構成するアミノ酸の集まりですし、その点は大丈夫だろうと思っています。
私がmMAPに一番期待していることは「抗体依存性感染増強」という重大なワクチンによる副作用を回避できるだろうということです。

─ 抗体依存性感染増強とは何ですか?

これはADEという略称でも呼ばれますが、人類がワクチンで克服できていないウイルスが多くあり、実はそこにADEが関わっています。例えば、少し前に日本でも騒ぎになったデング熱もその一つです。ワクチンが開発されたものの、それを投与すると逆に感染の症状が重くなるという現象があって失敗しました。その原因がADEと呼ばれるもので、他にSARSやMARSといった感染症でも指摘されています。

─ ワクチンを打つと逆に悪くなってしまうというのは厄介な問題ですね。

はい。COVID-19でもADEを懸念する免疫学者は多くいらっしゃいます。
ADEはよく分かってない部分が多いですが、研究が一番進んでいるのが猫コロナウイルスの猫伝染性腹膜炎(FIP)です。その研究から分かっていることは、どうやらIgGがポイントです。
ウイルスにIgGが付くと、普通はマクロファージという免疫細胞がウイルスごと取り込んで処理します。しかしマクロファージに感染できるウイルスにとってはそれが好都合です。IgGが結合するとウイルスはマクロファージに近づけるので感染しやすくなります。そしてウイルスがマクロファージに感染して大量に増えてしまって症状を急激に悪化させる。これがADEです。抗体の量が中途半端だと起こりやすいとも言われていますが、詳細は不明です。

このようにADEはIgGで生じますから、IgMを作らせるmMAPだと解決できると期待しています。

─ そもそもIgGとIgMの違いは何ですか?

細かい作用は違いますがどちらもウイルスに付いて免疫細胞による処理を促すタイプの抗体ですが、ここで重要なのはIgGとIgMを見分ける免疫細胞の受容体というセンサーの違いです。IgGを見分けるものはFcγ(エフシーガンマ)と呼ばれマクロファージにあり、IgMはFcμ(エフシーミュー)でB細胞だけにあると言われています。
mMAPではウイルスに対するIgMを作るのでマクロファージへのウイルス感染を防げますから、ADEを回避できると考えています。
もう少し付け加えると、IgGはこれまでのワクチンの免疫反応で主役とされていて、体の中に長く残る抗体です。IgMは初期の免疫反応に関わる抗体で、IgGより体内に残る期間が短いとされていますがmMAPでは比較的長く作られることを実験で確認しています。
つまりmMAPは「初期の免疫反応を強化するワクチン」という新しいコンセプトのワクチンです。



動物を守る。そして人間を守る。

─ 今後の展望を教えてください。

mMAPをウイルス変異に対応させた結果ほぼすべてのコロナウイルスに反応しますので、ADEがよく研究されているFIPの猫コロナウイルスの実験を通じてADEの回避を検証することができます。この結果を踏まえ、安全なワクチンであることを証明して実用化を加速させたいと考えています。
先行のCOVID-19ワクチンで問題が起こった時には安全なワクチンとして供給できますし、私は獣医師として動物の様々なコロナウイルス感染も防ぎ、再び人間に感染するリスクがないよう実用化を進めたいと思っています。

─ 動物を守ることも大事ということですか?

はい。この研究は2015年から始めていますが元々COVID-19のような新興感染症がパンデミックになることを未然に防ぐために作った研究チームです。COVID-19も解決したいですし、同じような感染症が二度と起こらないようにmMAPで防ぎたいと思っています。
COVID-19のコロナウイルスの起源は諸説ありますけど、新興感染症の約70%は動物が元々持っているウイルスによるものと言われています。多くの場合は動物の中でウイルスが変異して人間にも感染するようになります。これは、人間と動物の両方に感染する病気ということで「人獣共通感染症」と呼ばれます。

人獣共通感染症は公衆衛生の重要な問題です。
動物を排除するという短絡的な発想では、環境を破壊してさらに悲惨な状況になるでしょう。動物の生態系によって防がれている感染症もあります。やはり動物との共生をしっかりと考えなければいけません。
「誰が人獣共通感染症に対応するべきか」となると、医師は人間に感染した時に対応する役割なので動物から人間に感染する前は獣医師・獣医学者しか担えません。

人間のワクチンを開発する会社はたくさんありますが動物用ワクチンを積極的に開発しようという話は聞きません。COVID-19は犬や猫に感染する事例も報告されてきましたので、社会における人間と動物の共生のために「動物用COVID-19ワクチン」もこのチームで開発しなければならないと考えています。

増田健一チームリーダーの決意動物を守る。そして人間を守る。これが獣医師の使命であると思っています。
ずっと懸念していたパンデミックが起こってしまい本当に残念ですが、研究人生をかけて、全人生をかけて、科学の力による新しいワクチンを完成させて人獣共通感染症の問題を解決していきたいと思っています。


→ 「理研(理化学研究所)より、ご支援のお願い」


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