スカパーJSAT株式会社の提案により設置された「衛星姿勢軌道制御用レーザー開発研究チーム」では、宇宙空間で制御不能になった人工衛星等の宇宙ごみを除去する研究開発に取り組んでいます。
研究チームの目指す技術がどのようなものか、そして今後の宇宙環境において果たすべき役割について、お話をお聞きしました。
–プロフィール Profile–
福島 忠徳 Fukushima Tadanori (左)
理化学研究所 衛星姿勢軌道制御用レーザー開発研究チーム チームリーダー
(本務:スカパーJSAT株式会社)
小川 貴代 Ogawa Takayo, Ph.D.(右)
理化学研究所 衛星姿勢軌道制御用レーザー開発研究チーム 副チームリーダー
(理化学研究所 光量子工学研究センター所属)
持続可能な宇宙環境のために
─ 研究チームでは宇宙ごみを除去するための研究開発に取り組まれているとのことですが、まず宇宙ごみの現状を教えていただけますでしょうか。
福島; 昨今、宇宙ごみがクローズアップされていますが、旧ソビエト連邦による1957年の世界初となる人工衛星のスプートニク1号を打ち上げたときから現在に至るまで、宇宙ごみは増え続けている状況です。ここ10年程では、中国の人工衛星破壊実験や、通信衛星と宇宙ごみが衝突により運用不能となるような事態が発生したりと、問題が大きくなってきています。
一方で、最近では米国の民間企業スペースXが運用しているStarlinkやイギリスの民間企業OneWeb Ltd.など、人工衛星を多数使用して1つのサービスを行う事業者も出てきています。このことから、宇宙ごみという存在がより問題視され、改善しなければいけない問題だということについての世界的なコンセンサスが大きくなってきています。
─ この研究はJAXAや複数の大学などの公的研究機関も参画する大きなプロジェクトの一画と伺っています。その中で理化学研究所が果たしている役目はどのようなものなのでしょうか。
福島; プロジェクト全体の枠組みとしては、レーザーを使って宇宙ごみの問題を解決しよう、というものになります。これは、人工衛星にレーザーを搭載し、宇宙ごみに対してレーザーを照射して落としていくアプローチで、様々な技術分野の方々と共同して作業を行うことが必要となります。
したがってレーザー技術がとても重要で、高性能なレーザーを理化学研究所で研究開発しています。レーザーを当てる、というとSF映画のように何か爆発させるようなイメージを持つかもしれませんが、まったく違うものです。非常に短い時間でレーザーを照射する「パルスレーザー照射」というものがあります。これを物体に当てると物質がプラズマ化や気化することで物質表面から放出される現象(アブレーション)が起こります。この放出現象から推力を発生させることができるので、その推力を利用して宇宙ごみの高度を下げて、最終的には大気との摩擦により消滅させることで除去するというのが今回のプロジェクトで目指していることです。
JAXAや複数の大学とも組む大きなプロジェクトにする理由は、例えば、宇宙でレーザーを宇宙ごみに照射するためには、ターゲット物体近傍にデブリ除去衛星を移動させたり、ターゲット物体の回転を制御することも必要となります。色々な材料へレーザー照射することで、物質から発生する推力性能を調査することも必要です。そのため、必要となる要素技術についてはいくつかの機能に分けて、複数の機関と様々な共同研究を行っています。
─ このプロジェクトのきっかけは、どういったものだったのでしょうか。
福島; 最初の経緯からお話すると、私は人工衛星の運用に長年携わっており、宇宙ごみの問題が深刻化しつつあると感じていました。その解決策を模索する中で、2017年頃から、まだ確実だと思えるものはなかったものの、理論的にはレーザーに可能性がありそうだという感触を掴んでいました。そして、大きなレーザーを小さなごみに照射させるレーザーアブレーションの技術について書かれた論文を読み、さすがにこんな大きなものは難しそうだと思いながらも、「これを小さくしても長く照射すれば動かせるのではないか」という感覚を持ちました。そこで、その論文を執筆された理化学研究所の戎崎 俊一主任研究員(開拓研究本部 戎崎計算宇宙物理化学研究所究室)と共著者の和田 智之チームリーダー(光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チーム)に、宇宙ごみ除去のための技術についてご相談したところ、まさに抱いていた感覚通りのことが可能ではないかという話になり、そこから本格的な検討がスタートしました。
その後、実際のレーザーのスペックの検討のために1年ほど共同研究を行いました。そして、ミッションに必要なレーザーのスペックのレベルとその実現可能性が見えてきた段階で、理化学研究所のバトンゾーンの1つ「産業界との融合的連携研究制度」を利用してこのチームが設置され、現在に至ります。
─ この研究について相談があった当初、和田チームリーダーの下で研究されていた小川さんは、このお話をどのように受け止められましたか?また、どういったところにこの研究のモチベーションを感じられたのでしょうか。
小川; お話をいただいたときに、レーザーのスペック自体は、地上では私達の研究でも検証したことのある仕様でしたけれど、宇宙で使うということでしたから、チャレンジングに感じました。でも、とても面白そうなお話だと思いました。宇宙で使うということは、今までにないクオリティのレーザーを作るところを目指すことになりますので、自分たちの研究がブラッシュアップされます。そして、世界が抱える大きな課題の解決というところで、やはり目に見えて社会貢献できるのは研究者のモチベーションの一つですので、積極的にお話を受けたという感じですね。
─ 実際に理化学研究所に研究チームを設置し、理化学研究所のメンバーと一緒に研究開発を行うのはいかがでしたでしょうか?
福島; 2020年4月にチームが設置されましたが、まだチームの体制を整えている段階でコロナ禍に入りました。会議ができない、集まれないという全くの想定外の状況になったことで混乱がありましたし、最初の1年間くらいは時間のロスがあったと思います。ですが、いま振り返ると、最初からスケジュール通りにはいかなくとも、それぞれの要素をできるところからアジャイル的に進めてきた中で、4年目にしてやっとそれらの要素の統合ができそうな状況になってきたように感じています。
よかったと思うのは、新たに研究チームを発足させるので、普通の共同研究よりも企業が多く資金も出して人も出して、という部分が必要になりますが、それゆえに企業側の事業にかける本気度が高まります。そして、プレス発表で情報を発信することにも注力することで、企業側の本気度が外からも見えるというところですね。また、理化学研究所にチームを作ったことで、会社とは分離された環境で研究開発に集中できたというところもプラスの点かと思います。
また、理化学研究所は研究者間の横の連携が活発で、例えば何かわからないことがあったときでも、その専門家が実はすぐ傍にいたりします。理化学研究所の研究者の方々も、自身の知見が活用できることに、ウェルカムなため、横のコラボレーションが非常にしやすい環境だと感じています。
─ 同じチームの一員として企業のメンバーと一緒に研究開発に取り組むことについて、小川さんはどのように感じられたのでしょうか。
小川; 今回のプロジェクトは、企業からの提案に私達の技術がうまくマッチングした例で、目的がとてもはっきりしたチームを構成することになりましたので、そのことはすごく大きな意味があったと思います。研究者は自分の研究内容をコツコツと実施していき、成果の表し方としては論文を書いて、ということになるので、形にしていくことが難しい場合が多いのですが、今回は予めはっきり設定されたスケジュールに向かってそれぞれの能力を発揮しながら、チームとして一つのプロジェクトに取り組んでいくという形が取れたので、とてもよいことだったと思っています。
─ 双方で同じ目標をシェアしてチームアップできたということですね。
─ 福島さんから見て、理化学研究所のレーザー技術については、一緒に研究をされる中でどのように感じられたでしょうか。
福島; この3〜4年ほどレーザーに関する研究会議に出席していますが、改めて難しいことをやっているなと思います。一方で、この研究をやり始めてから、宇宙環境でレーザーを使うというときに、特殊なレーザーの研究の出どころが和田チームリーダーであったことが幾度もありまして、改めて、理化学研究所(和田チームリーダー)が日本のレーザーを引っ張っているのだなと感じています。連携を最初にお願いしたところが非常に最適なところだったのだと感じているところです。また、このように、研究から物にする段階のところの架け橋までやってくれる、並走してくれるチームはあまりないのではと思います。
─ 小川さんにお聞きしたいのですが、ご自身が以前から進められていた研究内容と比べて、違う業種とのコラボレーションによること、また人工衛星であること、宇宙関係であるからこその難しさという点で感じたことがあればお聞かせください。
小川; レーザー単体について言えば、熱、振動等についてクリアすべき部分があるということは最初から想定していたのですが、今回は宇宙ごみをレーザーで打つ、打ったレーザーを必要なところに当てて、回転を止めるということですので、出力したレーザーと当たった位置をモニターするだけではなく、人工衛星全体の動きというようなものとも連動させなければいけない点や、例えば冷却についても、レーザー単体での冷却ではなく、人工衛星との熱の決められた容量の中での検討が必要になるといった点があり、そういった全体を統合する、システム化する経験もとても勉強になっています。
─ お互いに違う知識が集結して、研究成果が生み出されてきたということですね。
福島; そうですね。私も勉強になっています。また、研究開発を進める中で、機能がより細分化し、研究開発が進み、その一つ一つが実現できたことが周囲にも見えてくると、「面白い」「もっと注力しよう」「僕も参加したい」という空気も生まれてきています。優秀な仲間が増えてきて、好循環が今、できてきていると感じています。
─ 2026年に宇宙ごみ除去のサービスインを目指していらっしゃるとのことですが、実現の見込みはいかがでしょうか。
福島; コロナによる研究停滞の影響等もあり、当初予定よりは若干遅れますが、サービスインの前の軌道上の実証、実際に衛星に乗せて実証するというスケジュールとしては、2027年に実現可能ではないかと思っています。
─ 今後の展望と目標をお聞かせください。
福島; まず、4年間かけて理化学研究所で研究開発してきたレーザーの社会実装に向けて、現在の研究開発モデルからステップアップして宇宙用モデルにしていく次のステップに進んでいくという段階に移っていきます。そのために体制を強化するため、新会社Orbital Lasersを設立しました。事業として回るというところまで持って行くというのが今後の展望であり目標です。
─ 宇宙ごみ問題は宇宙の環境問題と捉えることもでき、本研究は持続可能な宇宙環境の維持に貢献する、意義のあるものであると思いますが、サービスインによって見えてくる未来像についてお聞かせください。
福島; 学術的な話をすると、仮に人類全体で今すぐ宇宙開発を中止したとしても、人工衛星が自立的に衝突して、宇宙ごみはどんどん増えてしまうというフェーズに、もう既に入っていると言われています。衛星コンステレーションという、多くの衛星を星座(constellation)のように軌道上に配置して、それぞれを協調的に機能させて、ひとつのサービス(例えば通信サービス)を行う事業者が増加しています。例えばその中の一つのコンステレーションが構築されて、その衛星の回収率が低いままだと、仮にそのようなビジネスが50年間しか続かなかった場合でも、その後の宇宙ごみは自立的に増えて行くという解析結果もあります。
つまり、このまま宇宙ごみを放置していくと、いつか宇宙空間が使用不能になるということは明らかです。ですので、時間軸として10年間の問題なのか50年間の問題なのかということはあっても、やはりどこかでごみを除去する必要はあるのだと思います。では何が一番技術的に貢献しうるのか?宇宙ごみを除去はできるが費用が高価ということであればサスティナブルであるとは言えず、サスティナブルであるということには、いかに安価に提供できる技術で確立するかということも大事なことです。そういった意味では、我々のこのレーザーでの宇宙ごみ除去の仕組みがうまく回ると、安価でごみが取れる(=サスティナブル)というところに、かなり貢献できるのではないかなと考えており、またそのことを通して宇宙環境の改善ということが実現出来るのではないかと思っています。
─ 持続可能な宇宙環境、そしてきれいな宇宙を取り戻すことを心から期待しています。