自由な発想を生む「異分野融合」研究を支える重要な技術・ノウハウを次代に残す研究アプローチ

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BZPの理研-JEOL連携センターは、分析・診断機器分野でのグローバル競争に打ち勝つ日本独自の技術を創出することを目的に、理化学研究所と世界トップレベルの理科学機器開発製造技術を誇る日本電子の両者の強みを融合した組織として201411月に開設され、20184月からは次世代クライオ電子顕微鏡の開発にも取り組む組織体制に強化されてBZPに設置されました。

今回、理研-JEOL連携センターの研究ユニットの1つ、マルチモダル微細構造解析連携ユニットから研究のお話を聞くことができました。

– プロフィール Profile –

片岡 洋祐 KATAOKA Yosky, M.D., Ph.D.
理研BZP 理研-JEOL連携センター マルチモダル微細構造解析連携ユニット ユニットリーダー

 
画像をつないで生まれる新しい「ナノレベルの世界」


─ どのような研究に取り組まれているのか教えてください。

片岡; 電子顕微鏡という、電子線を利用することで通常の顕微鏡と比べても極めて小さいものを観察できる特別な顕微鏡があるのですが、その顕微鏡を使って得られる画像はナノメートル単位で写した「ナノレベルの世界」で、とても重要な情報を得ることができます。
しかし、木を見て森を見ず、という表現がありますが、極めて小さい部分を見るということは、個々の細かい状況は見えるけど全体像が分からないという状況と同じです。

そこで、電子顕微鏡の観察画像をつなぎ合わせることで広い範囲を収めた画像を合成する研究に取り組みました。イメージ的には、Google Earthのように地球儀で見ていたところから一軒ずつの家が写る地上写真まで拡大できるようなもので、木を見て森も見ることを実現することを目指したのが私のユニットでの研究です。

また、私は医学研究者ですので観察の題材は生体試料が中心ですが、その観察画像は専門家でないと何が写っているのか判別できないのが現状です。そこで、画像に写っているものをAI技術で自動判別するための研究開発も進めてきました。

─ なぜそのような研究に取り組もうとされたのですか?

最近では日本の技術力に対して懐疑的な声も聞いたりしますが、少なくとも日本のハード面の技術は素晴らしいものがあると思います。私が研究テーマとして選んだ電子顕微鏡でも、画像が綺麗になったり高感度になったりと、この数年でも技術に磨きがかかって高性能化が進んでいます。

その一方で、先ほど説明したように電子顕微鏡の観察画像に何が写っているのかを判断するためには高度な専門知識が必要ですし、そもそも電子顕微鏡を使いこなすにも高度な技術を習得する必要もありますが、そこを専門とする研究者・技術者は年々減少しています。

電子顕微鏡は多くの研究者に恩恵をもたらす技術ですが、専門家が減って観察画像を読める人が少なくなってしまうと電子顕微鏡を利用するユーザーの研究者も減り、せっかく飛躍的に向上した観察技術が生かされません。

観察画像を取り扱う技術やノウハウについてはAI技術や画像合成などデータ処理に関する最新の技術に落とし込んで補完できる部分がありますので、それらを活用してこの問題の解決に臨もうというのが私の研究アプローチです。

─ なるほど。しかし、どうして研究者や技術者は減ってきているのでしょうか?

日本全体で研究者・技術者が不足していること、後継者がいないまま経験を積んだ熟練の方々が引退していることなどが考えられますが、他にも要因はあります。

私自身、長く研究の世界に身を置きますが、実はこのような経験は二度目のことです。私が博士号を得て研究者のキャリアを始めた頃は電気生理学が専門で、パッチクランプ法という技術を学んでいて当時は研究の主流でしたが、今ではこうした技術を持つ研究者がきわめて少なくなりました。

ここで大事な点は、パッチクランプ法が必要ない技術ではないということです。これは1991年にノーベル生理学・医学賞の対象になった研究手法で、現在でも重要な技術です。
しかし研究の世界にも流行というものがあり、それに流されてしまって重要な研究分野なのに携わる研究者たちの数が減り、そこに必要な技術やノウハウが失われつつあります。

─ 重要な研究であるのに技術やノウハウが失われてしまうのは問題ですね。

日本の強みは職人気質なところを持った人が多いことだと私は考えていますが、そういった環境や人を残していけない状況に変わってきているように感じます。それで、きっかけは2014年頃でしたが、日本電子さんに私からこのテーマを提案して研究を始めました。

実は私は電子顕微鏡の研究開発が専門というわけではなく、電子顕微鏡のユーザーという立場です。ユーザー視点に立つことで電子顕微鏡の使いにくいところがわかるので、そのアプローチで研究開発を進めました。

例えば、観察画像をつなげて広域を写した画像を作ろうという発想は、ユーザー視点から電子顕微鏡を使った研究の信憑性を上げることが大事だろうと考えたことが一つのきっかけです。
電子顕微鏡の画像ではナノレベルの観察が可能ですが、一方で観察範囲はごくわずかな部分だけを切り出したものなので、極端な話、サンプル全体の中から自分がいいと思った部分の画像だけをピックアップして研究論文を書くことができてしまいます。しかし、それはサンプル中のごく小さな特定の部分についてだけ取り上げたものであって、サンプル全体では頻度が低いものかもしれません。そうなると、同じような画像を他の研究者が撮ることは極めて難しく、再現性が問題になります。それでは研究の信憑性を下げることになりかねません。

ですから、画像をつなげて広域の画像に合成することは、電子顕微鏡の信頼性を上げるうえでも大事なアプローチになると考えています。

また、画像をつなぎ合わせるというのは、言葉では簡単に聞こえるかもしれませんが、電子顕微鏡はナノレベルの世界を写すものですから、いくらハードの精度を高めてもナノレベルで制御することは厳しく、すぐ隣の部分の観察写真を撮ったつもりでもズレが生じます。そのようなナノレベル特有の歪みがあって、簡単には画像を連結できません。

装置だけを開発している技術者にとっては、写し出された細胞が本来はどういう姿であるのかは専門外のことですから、画像をどのように連結すると良いのか分からないでしょう。しかし私はユーザーで医学研究者ですから、本来の細胞の姿を知っています。その知識があるので、画像を連結した時の歪み方のパターンを判別でき、適した補正方法を考えることができます。これはユーザーだからこそ可能な研究だと思います。

─ 確かに、ユーザーの視点だからこそ可能な研究のアプローチですね。

専門家が集まると、自分の視点だけでしか考えない傾向があるように思います。専門性の高いシステムを構築することは得意ですけど、ユーザー目線が弱くなってしまいます。

ユーザー目線とは、このように使いたいという気持ちをはっきり出していくことです。そのためには、わがままになることが大事で、自分がやりたいことをもっと素直にぶつけてみる事も必要でしょう。
そこから、自由な発想が生まれてきます。

この研究は、装置開発の専門家とユーザーである私が手を組んだ、いわゆるバックグランドが違う者同士で協力する「異分野融合」の一つだと思います。
異分野融合が大事というのは以前から一般的に言われてきたことですが、お互いに分からない部分があるからこそ歩み寄ることが大事ですし、その歩み寄る姿勢を持つことで可能になる発見もあります。

その積み重ねから、自由な発想が生まれ、革新的な研究につながっていくのではないでしょうか。

─ 異分野融合は自由な発想を生むための秘訣、ということですね。貴重なお話をありがとうございました。

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