日本ゼオン株式会社、横浜ゴム株式会社の提案で設置した「バイオモノマー生産研究チーム」では、限りある資源に依存せずに現代の生活を支えるものを効率的に生産する技術開発に取り組んでいます。
サステイナブル、カーボンニュートラルといったキーワードの実現につながる研究についてチームの中心メンバーにインタビューしました。
– プロフィール Profile –
谷地 義秀 YACHI Yoshihde, Ph.D. (左)
日本ゼオン株式会社 兼 理研BZPバイオモノマー生産研究チーム チームリーダー
白井 智量 SHIRAI Tomokazu, Ph.D. (中央)
理研BZPバイオモノマー生産研究チーム 副チームリーダー
(理研 環境資源科学研究センター所属)
日座 操 HIZA Misao, Ph.D. (右)
横浜ゴム株式会社 兼 理研BZPバイオモノマー生産研究チーム 客員研究員
持続可能な社会を支えていくバイオ生産技術
─ どのような研究に取り組まれているのか紹介していただけますか。
谷地; いまの社会は石油・石炭などの化石資源に支えられています。化石資源は電力や動力を生むエネルギー資源のイメージも強いですが、プラスチックなど現代の生活を支える多くのものが化石資源を原材料にして大量に作られています。
例えば合成ゴムや家電製品に広く使われるABS樹脂というプラスチックは「ブタジエン」という物質が主原料で、日本のブタジエン年間生産量は100万トン以上、世界市場規模で年間1200万トンを超えると言われています。ブタジエンは炭素4個と水素6個のシンプルな化合物ですが、その生産は化石資源に依存しています。
持続可能な循環型社会を実現するにはそこを変えていく必要があるので、バイオの「力(ちから)」を使ってブタジエンのような有用物質を持続可能な方法で生産する研究を進めています。
─ 持続可能な循環型社会は「サステイナブル」というキーワードでも最近よく耳にします。国全体では2050年のカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現を目指していますが、この研究はそこにも貢献するのでしょうか。
谷地; はい。まずはブタジエンの生産に集中して取り組んでいますが、現在の生産プロセスの一部でもバイオの力を使う再生可能な「バイオ生産」に置き換えることができれば脱炭素社会の実現に貢献できます。その割合が広がっていけばカーボンニュートラル・脱炭素社会に大きく近づくと思います。
─ それは重要な研究ですね。ところでバイオ生産とは何ですか?
白井; 平たく言えば発酵です。発酵は皆さんの生活にも密着していて、ヨーグルトやチーズ、お酒などが作られています。発酵の現象はどれも同じわけではなく、お酒の場合は糖からエタノールを作っていますが、微生物の中で起こる化学反応によって作られるものが変わります。
現時点ではブタジエンを作る微生物は自然界にいませんので、私の研究では計算科学によるコンピューターシミュレーションを使って微生物の中で起こす化学反応をデザインします。そして遺伝子組換えやゲノム編集などの技術を駆使して生物が作ったことがない物質でも発酵で生産させるというアプローチを進めています。
─ 発酵生産は古くからの技術ですが、そこに先端技術をたくさん取り入れているのですね。
白井; 先端技術を取り入れるうえで工夫も多いですが、長年に渡る研究の蓄積が大きな強みだと思います。
そもそも生物で起こっていない反応ですから、どのようにして生物内で新しい化学反応を起こすのかという点で苦労しますけど、一つの化学反応では足りません。目的の最終産物を作らせるために複数の反応をつなげて全体の工程を設計する必要があります。
そのためのシミュレーションを開発し、シミュレーション結果から生物の持っている酵素を実際に改変してみて、そこで得られたデータを取り入れていきます。長年これを繰り返して技術を築き上げてきましたので、他にはない独自の技術ですし、ブタジエンに限らず他への発展性もあるものに仕上がっています。
横浜ゴムさんの声かけをきっかけに2013年から共同研究を始めて、そこからずっと支えてくれていますが、この積み重ねがあったからこそブタジエンのバイオ生産に成功できました。
─ 長年に渡る努力が大事だったんですね。2013年では現在のようにSDGsといった目標もなかったと思いますが、この研究のきっかけは何ですか?
日座; いまはSDGsが掲げられて国内でも認識が広がっていますが、環境問題は今に始まったものではなく昔からの問題でした。石油資源が枯渇すると合成ゴムの原材料になるブタジエンなどが手に入らなくなるのではと気がかりでしたし、サステイナブルに取り組まなければいけないとずっと考えていました。
私の会社はタイヤメーカーですが、タイヤは車の中でも路面に接する唯一の部品です。そのため摩耗性や強度に優れている必要があって、天然ゴムだけでは性能を満たすことができません。実際には天然ゴムと合成ゴムがほぼ同量が含まれていて、合成ゴムは機能的に優れているので外せません。
合成ゴムに代わる持続可能なものを作りたくて、カーボンニュートラルのバイオ生産に注目して理研に相談し、この研究を紹介してもらったのが始まりです。
─ 当時の周りの反応はどうでしたか?
日座; いまもそうですがバイオと言ってもなかなか受け入れてもらえません。非常に難しい印象でした。それでも理研にバイオマス資源の技術力があってラッキーでしたし、これからも期待しています。
─ これから「サステイナブル」はどのようにして実現していけば良いのでしょう?
日座; 使ったらそれで終わり。使ったものが戻ってこない。それが問題です。
使ったとしても戻せるような仕組みや、戻しやすい形にすると、循環が生まれます。
方向性として新しい素材を作るというのもありますが、新しいものを導入するのは現実的には大変です。いま使われている素材を新しい生産方法に置き換えるアプローチであれば、構造的な部分を大きく変えませんから進めやすいはずです。
新しい素材だと理想的な循環を生む可能性もあるでしょうが、それを言いだせばきりがありません。いまできることを進めていくことが大事だと考えています。
このチームでの異分野が融合した新しい力で未来社会を支える技術を作っていけることを示していきたいです。
白井; 化石資源をエネルギー・原材料のどちらに使うにしても、使った後に再び化石資源へ戻すことはできません。
バイオ生産であれば、微生物がいる限り再生産が可能です。微生物の維持や発酵にさまざまなコストも必要ですが、化石資源と違って再生可能エネルギーなど他の技術によってカバーできる余地があります。いろいろな技術で互いに支え合い、積み重ねていくことでサステイナブルを実現できると考えています。
谷地; 現時点ではバイオ生産は既存の方法に比べて生産コストが課題になります。昔に比べればサステイナブルの認識が広まったことで新たな価値観も生まれてきていますが、コスト面でも社会として持続的可能にしなければいけないと思います。
2050年そして次の世代に向けて技術的にどのようにブレークスルーするのかが鍵になりますが、未来の世代に残せる技術にしたいです。
白井; 私はこの研究に2012年から取り組んでいますが、その当時でも環境問題を意識している企業は複数ありました。しかし実際にアクションを取れる会社はなかなかいませんでしたし、これだけ長く研究を支えるのは難しいことだと思います。研究成果を出すには長い時間が必要でした。きっとお二人とも社内でも大変だったと思いますが、ここまで踏ん張ってくださったことに敬意と感謝しかありません。
世界が抱える問題を何とか解決したい。そんな熱い思いがあったからこそ、ここまでたどり着けたと思います。これからもサステイナブル、カーボンニュートラルの実現に向けて前進していきます。
*1; 理研プレスリリース「ブタジエンのバイオ生産に初成功」(2021年4月13日)
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