新しい種が芽生えるために気候変動と食糧危機に対応した品種改良を目指して

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日本たばこ産業式会社の提案で設置した「植物新育種技術研究チーム」では作物の品種改良のための技術開発に取り組み、世界が抱える農業生産の問題の解決に貢献することを目指しています。
チームリーダーの加藤紀夫さんにゲノム編集という新しい技術を使った「新育種」についてお話を聞きました。

植物を手にする加藤チームリーダーの姿

– プロフィール Profile –

加藤 紀夫 KATO Norio, Ph.D.
  日本たばこ産業株式会社
兼 理研BZP 植物新育種技術研究チーム チームリーダー



時間をかけて新しい種を育てていく

─ 日本では食品ロスの問題を抱えていますが世界的には食糧不足の深刻な危機が叫ばれています。また最近では温暖化による気候変動から異常気象が発生して作物の生産に影響を与えることが増えてきました。
これらの問題を解決するアプローチとして取り組まれている「植物新育種」とはどのような研究なのでしょうか?

私たちは植物の受精卵を利用したゲノム編集によって品種改良する技術開発を研究してきました。

チーム名の「育種」は品種改良と同じ意味でして、DNA情報が変化した植物の中から有用な性質を持つものを選び出して新しい品種として定着させることです。一般的には2つの品種をかけ合わせる方法が主流で、違う品種が混ざるので親世代から新しいDNA情報に変わります。しかし目的の性質を持つ品種を作ることは難しくて、放射線や遺伝子組み換え技術を使ってDNAを変化させて育種する方法など、これまで様々なアプローチがありました。
これらの従来の方法と比べ、ゲノム編集とはピンポイントの位置のDNA情報を変えることができる技術です。私達はこの技術をイネ、トウモロコシ、小麦といった主食になる植物の育種に応用することに取り組んできました。


─ ゲノム編集の手法の一つの「CRISPR-Cas9システム」は2020年ノーベル化学賞に選ばれましたね。先端の研究成果を取り入れた方法ということは分かりましたが、例えば遺伝子組み換え作物は社会にとって有用でも心理的な抵抗感を持たれる方々も多く、賛否両論があるのが現状です。ゲノム編集ではどうでしょうか。

新しい技術で作られた作物ということに抵抗感を持つ方もいるかもしれません。しかしゲノム編集は設計図に沿って狙った位置のDNAを書き換える技術なので、DNA情報を変えると言っても自然界で起こるレベルに近い程度にすることができます。
むしろ自然界ではDNAのどこが変わったのか分からないものですが、ゲノム編集だと設計図があるのでどの位置が変わったのか分かるというメリットもあります。

日本でも2020年12月にはトマトに含まれる健康機能性成分のGABA(ギャバ)を豊富に含むようにゲノム編集された品種も厚生労働省の専門家会議で安全性に問題ないと判断され、市場に出る道筋も見えてきています。

良い技術であって、社会的な需要があったとしても、心理的な障壁があると普及は難しくなります。ゲノム編集の特徴をよく理解していただける機会が増えれば、社会的に受け入れられやすいのではと期待しています。


─ ゲノム編集を利用した育種というのは、安全面も配慮されているのですね。

食糧危機の問題がありますから生産性が向上した作物は必要になりますし、異常気象が続いて干ばつや洪水といった災害も増えていますので、乾燥や高温などに耐性を持つ作物の育種が求められています。自然から偶然生まれる品種に期待しているだけでは育種は進みませんから、積極的に有用な品種を作っていく技術は必要になります。
その点でゲノム編集の利点をうまく活用して進めていくことは現実的に重要なアプローチだと考えています。


─ 具体的にはどのような研究成果が得られたのですか?

卵細胞と精細胞を電気融合させる「in vitro受精」という方法で作製した受精卵に、ポリエチレングリコールという生物に無毒とされる高分子化合物を使うことでゲノム編集に必要なツールを高効率に受精卵へ導入する方法を確立することに成功しました。
実際にゲノム編集で作ったのはコンセプト検証ということでしたので何か有用な性質を付与したわけではないのですが、目で確認できるような性質の変化を狙いまして、真っ直ぐ伸びるイネが垂れるようにしたり、葉の構造を変えたり、ということが実証できました。

加藤チームリーダーが植物の葉の様子を調べる姿
─ 研究を進める上でどういう点が難しかったですか?
植物の育種では組織培養を使うことも多いのですが、品種によって培養の難しさが違っていて、特にトウモロコシの品種には培養が難しいものがあります。それぞれの品種に適した培養方法を探していては品種改良の効率も良くないので、植物の受精卵を直接使うことにしました。受精卵をゲノム編集で直接DNA情報を変えることができれば汎用性が生まれるので、新育種の実用化を加速させることができます。しかし受精卵の質が栽培の時期や条件などで結構変わるので、その条件を合わせることが難しかったですね。


─ これから研究成果はどのような形で実用化に進んでいきますか?
私たちの研究で受精卵を使ったゲノム編集の方法の確立することに成功しましたので、あとは実際にどのようなDNA情報に変えて良い作物を生み出すか、という点を進めていくことになると思います。
この技術のバトンは当社から株式会社カネカの方に受け継がれますが、これからも実用化に向かって加速して進んでいくと期待しています。

今後の課題としては、ゲノム編集で設計通りに変えられると言っても現状では自然で起こるレベルでしか変化させていませんので、高温耐性や塩害耐性を急激に改善できるわけではありません。

その視点で言えば、やはり企業だけでなく大学や研究機関でも植物に有用な性質を付与するための研究に取り組んでいく必要があります。私も次は大学で研究していく予定ですが、他の研究者の方も積極的に研究に参加していって欲しいと思います。


─ まさに、この研究自体も新しい種(たね)となって広がって育っていく、ということですね。
そうですね。何か社会に役に立つようなことができればと始めた研究開発ですが、植物を扱う以上、短期ですぐ結果が出ることはありません。そのことを理解してくれる風土の会社でしたからここまで進めて来られたように思いますが、種(たね)を育てることには時間が必要です。

ゲノム編集はこれまでの育種方法と同様に安全であると認められつつありますから、これからも長期的視野に立って取り組んでいくことが、いま抱えている食糧危機の問題や異常気象による農業生産の問題も解決していく力になると信じています。

加藤チームリーダーが顕微鏡で実験しながら正面を向いている姿

*植物新育種技術研究チームの研究発表に関する記事へのリンク
植物受精卵でのゲノム編集に成功 | 理化学研究所

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