テレビや雑誌などのメディアにもよく登場している辨野 義己 特別招聘研究員は自身の研究成果は学会発表するだけでなく一般の方々にも健康に大事な情報を積極的に伝えていくことを大切に活動してきました。
多くの企業とも一緒に研究に取り組んできたSharingバトンゾーンでの活動を振り返りながら、腸内環境の大切さについて改めてインタビューで聞いてみました。
– プロフィール Profile –
辨野 義己 BENNO Yoshimi, D.V.M., Ph.D.
理研BZP 特別招聘研究員 (Sharing バトンゾーン; 辨野特別研究室)
腸内研究を身近に感じてもらうために
─ 辨野先生はテレビ番組・雑誌にもよく登場されていますが、改めてどのような研究に取り組まれているのか教えてください。
「便の研究者の”べんの”です!」と自己紹介しますと、よく冗談のように思われちゃいますね。
理研に入った1974年からずっと腸にいる細菌の生態と分類を中心に研究を続けさせていただいてまいりました。
─ 便の研究に何か運命的なものを感じてしまいますが、いつから便について研究したいと思ったのですか?
別に研究したいと思っていたわけでなく、たまたま光岡知足・主任研究員(当時)の研究室に配属されて便に関する研究テーマを与えられたのが始まりでした。最初は嫌だったんですよ、やっぱり汚いイメージもありましたし。
でも研究してみると予想外のことがたくさんあって、体の健康にとても重要な研究ということも分かって、私は凝り性なのでだんだんと夢中になっていきました。
例えば、いまでこそビフィズス菌といえば体に良いイメージが広まっていますが研究を始めた頃は「菌=悪者」というのが医学の常識でした。そんな時代に私の研究室では体に良い菌を「善玉菌」と名付け、新しい概念として提唱しました。
いろいろと大変でしたけど徐々に浸透していって、ビフィズス菌が入ったヨーグルトなんかも売り出されるようになりました。そもそも最初にヨーグルトが日本で販売された時は外国の珍しい嗜好品という扱いでした。それが善玉菌という言葉も広まるにつれてヨーグルトも健康食品という形で浸透していきましたから、国民の皆さんの健康や長寿に貢献できたのではと思っています。
研究は学会で発表したら終わりということでなく、このような啓蒙活動が大事だと考えています。
─ 「善玉菌」は知っていましたが、一般の方に知ってもらうために作った新しい言葉だったのですね。
はい。他にも「腸内フローラ」という言葉も理研発ですよ。
腸内細菌には善玉菌と悪玉菌、そしてどちらでもない日和見菌(ひよりみきん)という3種類がいて、それぞれお互い複雑に作用しあって腸内に存在しています。そのような細菌の集まりを「細菌叢(さいきんそう)」と専門的には呼んでいて、これは大事な概念です。しかしパッと聞いてもイメージしにくいし漢字も難しいので、一般の方にはなかなか覚えてもらえないなと。それで、顕微鏡で観察するとお花畑のように見えるので英語のflora=フローラを使って「腸内フローラ」という言葉に置き換えようと、光岡先生と一緒に考えました。
─ 一般の方にも知ってもらう視点でもいろいろと考えられていったのですね。
便の研究というのは一般の方の協力が必須です。「あなたのウンチを私にください」とお願いして集めらないと研究が進みません。
ですから、まずは馴染みやすい言葉を使って研究に興味を持ってもらい、そして研究の意義を知っていただくことが大切です。それで「腸年齢」、「腸内環境」や「腸活」という言葉も作ってきました。
腸は健康状態を知らせてくれる大事な臓器です。そして便は腸の活動を知るサインです。
腸内細菌は1,000種1,000兆個以上が腸内に生息していて、腸から便が出るまでにさまざまな働きをしていますが、個人ごとに特徴的なパターンがあります。
どのような種類の腸内細菌が多いのか、少ないのか、それがパターンとして現れるのですが、これは生活習慣だったり病気の状態だったりが影響します。バトンゾーンの私の特別研究室では、このパターンについてデータベースとしてまとめて解析することを重点的に研究してきました。
─ どんなことが分かってきたのですか?
まず日本人のパターンを調べようと、最初の3年間は研究用サンプルとして3000人分の便を集めることを目標にしました。おかげさまで集まったので、もう少し増やそうと5000人分を目標にして色々な方面に協力をお願いしたら、予想外に2万人分も集まりました。
解析が追いつかない位でしたけど、多くの方に興味を持ってもらってご協力をいただいたことを本当に感謝しています。
そこから分かってきたことですが、例えば住んでいる地方によってパターンの傾向が現れます。地方の文化・風習で昔から長く食べられているものが影響しているようですが、健康で長寿の人が多い地域にも特徴的なパターンもありました。このパターンに近付くよう食習慣や生活習慣を整えていくことが大事だろうと考えています。
─ 新しい健康パラメーターのようなものができそうですね。
将来の展望として、データベースから得られた情報で新しい検査システムを確立することを目指しています。これはお医者さんから薬をもらうための健康チェックではなく、ご自分で健康のサインを調べて自力で健康状態をコントロールできるためのツールとして広めていきたいですね。
また一方では情報を集めるだけでなく、有用な腸内細菌を見つけたらそれを取り出して培養できることも重要です。
まだ発表の前なので詳細は言えませんが、ある有名な抗がん剤の働きを上げるような腸内細菌を見出しました。それには私の特別研究室で開発した独自の培養技術を使ってその細菌を取り出すことも成功しました。
DNA解析の技術も進んで非常に多くの細菌が腸内にいることは分かっていますが、そこから実際に取り出せた細菌は3~4割にも届いていません。腸内細菌が産生する未知物質が医薬になる可能性もありますし、日常の健康を支える物質もあるでしょうから、生きた状態の菌を増やせる技術というのはこれからも必要です。
いまの若い世代でこの分野の研究者がとても少ないのが残念ですが、これは日本で面々と受け継がれてきた技術でもあるので、この芽がもっと大きく育つことを願っています。
─ バトンゾーンでは企業の方々と一体になって研究することが特徴ですが、そのように積み重ねてきた知識や技術を企業の方々に提供する仕組みとして機能したでしょうか?
はい。企業から研究員が派遣されてきましたが、次の世代につなげていく人材育成という大事な側面もバトンゾーンにはあると思います。
特別研究室は普通とは違って研究費をすべて企業に出してもらうというルールで運用されるので、最初は本当にやれるのかなという不安がありました。企業の目的というのは大学の研究室よりもはっきりしているところがあって、多くの企業が集まってきたので研究成果をどうやってシェアしていくかを考えるのが大変でしたね。
最終的にはそれもうまく整理できましたし、いざ研究してみると、とても強い結びつきで一体となって進めることができました。
理研のバックアップが企業の力として還元でき、それが研究成果の普及の促進にもつながるので一般の方々にも享受される仕組みではないでしょうか。
─ 最後に、研究を進めるうえで大事なことを教えていただけますか?
自分のこれまでの経験もそうですし、他の事例を見ていても思いますが、自分のところだけで抱えて進めるという人より、多くの人とシェアしていく人の方が大きく成果を伸ばすことができていると思います。特に異業種の集まりだとお互いを尊重しないと一緒に進められないので、相手を尊重する姿勢というのは大事ですよね。
これまで多くの企業に支えてもらい、国民の皆さんの健康に役立つ研究成果を出せたことには本当に感謝しています。
そして私は国民に伝える姿勢というのは研究者にとって非常に大切なことだと考えています。私自身これからも研究しながらさまざまな形で啓蒙活動や講習を続けていきますので楽しみにしていてください!