研究者が論文を発表した後に他の研究者が読んで自分の論文に引用すると、最初の論文の研究は影響力が高いと評価されます。杉山雄一 特別招聘研究員は多くの研究者に引用された「世界で影響力の高い科学者」に長年に渡り選出された研究者で、Sharing バトンゾーンで多くの企業と一緒に研究しています。
世界中の研究者に影響力を与え続けてきた理由をインタビューを通じて探ってみました。
– プロフィール Profile –
杉山 雄一 SUGIYAMA Yuichi, Ph.D.
理研BZP 特別招聘研究員 (Sharing バトンゾーン; 杉山特別研究室)
多くの良い医薬品が患者さんに届くことを目指して
─ 杉山先生はクラリベイトアナリティクス社(旧・トムソン・ロイター社)の分析で「世界で影響力の高い科学者」に長年に渡って選ばれ、“薬理学・毒性学”の論文引用数で世界1位にランクされた実績もあります。現在はランキングの公表はなくなりましたが、変わらず第一線で活躍する研究者としてどのような研究に取り組まれてきたのかご紹介していただけますか。
私は医薬品を生み出す「創薬」をテーマにずっと研究してきました。
創薬には、薬の種になる物質を探す「探索」とそれを医薬品の形に仕上げていく「開発」の2つが含まれますが、その両方に関わってきました。
「探索」の研究では私自身が薬を探すというよりも、薬の候補を効率よく見つけるための方法を考案してきました。
「開発」もとても難しくて、効果がある薬が見つかっても人に投与する臨床試験の段階で薬の効果が出ないケースが多くあります。その問題を解決する方法論をコンピューターシミュレーションで構築することにも取り組んでいます。
─ 実際に投与してみると効果が出ないのはなぜですか?
試験管中の細胞や動物で調べた結果なので人間の体とは違う条件で効果を見ていたということもありますが、そもそも効くはずの薬が患部にしっかり届いていないことが原因であることも多々あります。
例えば本当にがんに効く薬があっても、実際に投与したときにがん細胞に届かなければ効果は発揮できません。体の生理解剖学的な問題で薬が通りにくい場所があったり、患部に届く前に肝臓でほとんど分解されてしまったり、原因は様々です。逆に届いて欲しくないところに届いてしまうと副作用が出てきます。
体の中でしっかりと患部に届くようにすることは重要な課題です。
─ その課題はどうやって解決していくのですか?
アプローチは幾つかあります。例えば薬の構造を変えることで届きやすさを改善できます。他にもナノテクノロジーなどのドラッグデリバリーシステム(DDS)を利用して薬を患部に届ける方法もあります。私の研究では、どのようなアプローチを選ぶべきかをコンピューターシミュレーションで最適化することを目指しています。
─ そのシミュレーションはどのように作られるのですか?
実験で得られたデータや提供された患者さんデータなど、様々なデータを集めて作ります。データを全部使えばいい訳でもないので選び方も重要ですが、まず分子メカニズムでモデルを立て、次に肝臓や小腸といった臓器単位のモデルに発展させ、最終的に各臓器をネットワークとして繋げて全身レベルを再現します。
個人差、人種・年齢・性別といった集団の差などの様々な違いもあるので、それらの要素を反映したシミュレーションにも取り組んでいます。
─ すごいシミュレーションができそうですね。
将来的には薬の構造が分かれば全てバーチャルで臨床試験ができるようにしたいです。医薬品開発には莫大な費用が必要ですが、実際に人間に投与せずシミュレーションを駆使したバーチャル試験で済むようになればコストを大幅に軽減できます。副作用を完璧に予測することは困難ですがシミュレーションの精度が上がれば副作用を減らすこともできるでしょう。
バーチャル試験によって安全性の高い薬を低いコストで提供できるようになれば、多くの良い医薬品を患者さんに届けられるようになります。
とても難しいことですが、そんな未来を実現したいですね。
─ 理研のバトンゾーンで9年間に渡って研究されてきて、長年研究された東京大学の頃と比べて何か違いを感じられましたか?
理研では研究に専念できて、研究者としては非常に楽しんでやれていますね。大学ではどうしても講義や会議といった仕事が多かったですし、私の研究室では40人位の学生や企業からの派遣研究者がいた時もありましたから指導も大変でした。もちろん研究者を育てることはやりがいもあって楽しかったですけど。
─ 通常の研究室と違ってバトンゾーンでは多くの企業と連携しますが、その点は大変ではなかったですか?
連携企業の数はこれまでを合わせる30社を超えましたけど特に大変ではなかったですね。数は違いますが大学の頃から長く企業と連携していたので、慣れもあるでしょうが。
企業と研究するのは大変と思う方もいるそうですが、確かに理研・大学のような公的機関と企業では根本の部分が違いますけどお互い折り合いを付けて協力していけると私は思います。
─ その秘訣はなんでしょうか?
昔から月1回オンサイトで無料セミナーを開いています。企業の方も参加できますが自分のテーマを持って活発に議論することを条件にしています。そこでは私の考えをしっかりと伝えていて、言うなれば「杉山塾」みたいかもしれませんが、そのような交流からお互いを理解し、共通の目標に向かい協力できる関係になっていったように思います。
─ それでも世界のトップレベルの製薬企業も含めて多くの企業が集まってくること自体も普通は難しい話ですが、何が企業を惹きつけてきたのだと思いますか?
「世界で影響力の高い科学者」に選ばれた時、どのような研究者が私の論文に影響されたのかを教えてもらったのですが、その半数以上が海外の製薬企業でした。
しかし振り返ってみても別に企業のために研究してきたつもりはないんですね。「企業はこんなことを知りたいのではないか」と考え、それを自然と研究テーマにして取り組んできたので、その結果かもしれません。
思い起こせば留学の経験は大きかったように思います。
私は数理モデルという手法が得意でよく使っていましたが、当時は使いこなせる人も少なくて留学先の教授も感覚的に理解してくれていた程度で、私の強みでもありました。
あるとき教授と議論していたら「それで何を言いたいんだ?」と言われ、数理モデルを色々と説明したのですが最後にこう言われました。
「つまり何を目的に研究しているんだ?」
「得意なことでなくても大事なことに注力した方がいい。」
それでハッと気づきました。その時の私は得意な数理モデルを使うことに没頭して研究の目的を見失っていたのではないかと。それからは何が大事かを考えて研究を進めていきましたが、大きな転換点だったと思います。
─ 得意なことより大事なことを大切にして研究に取り組まれたことは世界で高い影響力を持たれる理由の一つのように感じました。しかしそれは勇気のいることではないでしょうか。
「経験という牢屋」という、東京造形大学の学長だった諏訪敦彦さんの言葉があって、まさに当てはまります。長く研究を続けていると経験が増え、それが得意なことになっていきます。しかし、そこに慣れすぎると同じパターンから出られなくなります。経験は大事ですが、経験に溺れてしまうと新しいことに取り組めなくなってしまいます。
大事なことを考え、そして常に自分の中に新しいものを作っていくように心がけることが大切でしょう。
─ それは研究に限らず大切なことのように思いました。
若い研究者を見てきても、研究が進まない、人生を決めきれない、そんなふうに悩む人が多いように感じますがぜひ「I am OK. You are OK.」という在り方を目指して欲しいと思います。自分を肯定して他者も肯定するということですが、個性は違って当然ですから自分も他人も認める気持ちが必要です。
今の時間を尽くす、でも頑張りすぎず。明日には明日の風が吹くという気楽さを持つことが、他人を肯定する余裕にもなるでしょう。これからの時代に大事なことだと思います。