インテグレーションテクノロジー株式会社の提案で設置した「ガラス成形・光学シミュレーション研究チーム」では環境負荷を下げつつ効率的な生産方法を実現して高性能なレンズを開発・生産できるシミュレーション技術の実用化に取り組んでいます。
どのような未来につながっていく技術なのかお話をききました。
– プロフィール Profile –
石山 英二 ISHIYAMA Eiji (左)
理研BZPガラス成形・光学シミュレーション研究チーム チームリーダー
(本務:インテグレーションテクノロジー株式会社)
山形 豊 YAMAGATA Yutaka, D.Eng. (右)
理研BZPガラス成形・光学シミュレーション研究チーム 副チームリーダー
(理研 光量子工学研究センター所属)
環境に配慮した新しい「ものづくり」のアプローチ
─ ガラスに関する研究開発ということですが、ガラスの技術とはどのようなところに使われているのですか?
石山; ガラスの加工品は皆さんの身の回りの生活でも多くありますが、その中でも「見る」という目的にはレンズが使われています。例えばメガネにレンズが使われていますが、多くのレンズを使うことで性能を上げることができます。例えば、写真や映像を撮るときに使われる撮影レンズには10枚以上のレンズが使われています。他にもプロジェクター、顕微鏡、望遠鏡もそうですね。
写真や映像を撮るときに使われる撮影レンズには10枚以上のレンズが使われています。他にもプロジェクター、顕微鏡、望遠鏡もそうですね。
山形; 高性能なレンズですと、光ディスクというCD・DVD・ブルーレイディスクから情報を読み取るときにも使われていますね。あとは半導体の製造プロセスなども使われていて、高性能レンズの製造は社会の基盤を支える重要な基幹技術です。
─ 知らないうちに高性能レンズの恩恵を受けていたのですね。
山形; 高性能レンズの中には「非球面レンズ」というガラスに複雑な加工を施したものがあって、通常のレンズ(球面)に比べて非常に優れています。例えば解像度の高い画質を撮影するためには必須ですし、非球面レンズがあると球面レンズの枚数を減らせるので軽量・コンパクトにすることもできます。
ですが、非球面レンズ自体を作るのは大変難しく、先ほど挙げた例でもCDやDVDなどから情報を読み取るレンズでは使われていますが、それ以外では非球面レンズはほとんど使われていません。
─ なぜ非球面レンズを作るのは難しいのでしょうか?
石山; ガラス素材を加工して形をつくる「ガラス成形」の問題について説明しますね。まずレンズの作り方ですが、数百年以上にわたる昔からガラス材を削って磨いて作る方法が続いています。この方法は現在でも多用されていますが、ガラス材を磨いて球面にするというだけでもとても難しいプロセスです。
山形; 超精密に「削って磨く」という加工を実現するためには、まず削る位置の超精密にコントロールする必要がありますが、削る・磨くという作業の中では振動も発生します。それらは位置制御に悪影響を及ぼしますから、しっかりと抑えないといけません。その他にも、削った摩擦で熱が発生するので、それも微細な加工には影響がありますから熱も抑えるようにコントロールする必要があって、さまざまな要素を高いレベルで実現する必要があります。
このように球面だけでも非常に大変ですが、それを決められた特殊形状の非球面となると球面レンズよりもっと高い技術が求められ、現実的には不可能です。
また、従来の方法では多くのガラス材の削り屑が出ますし、そこには重金属などの環境負荷の高いものが混ざっていることもあるので「持続可能な社会の実現」という視点では好ましくありません
石山; 今ではガラス材を熱して柔らかくして金型でプレスする方法もとられていますが、それでも課題が多くあります。力の入れ方が難しく、冷やした時に形が崩れたり、ガラスの性能が均一にならなかったりして、職人の経験と勘で作ってきたところがありますが、試行錯誤が多すぎるのでさまざまな種類を作ることには対応できません。
また、高い温度のガラスを扱うので金型も高温に強い素材で作る必要もあって、金型の作製からまず大変です。大型の非球面レンズとなると、現実的には対応できていない状態でした。
─ 有用な非球面レンズがなかなか作れないというのは残念ですね。
石山; そこで私たちは熱したガラス材をプレスするときのさまざまなパラメータを分析し、そこからガラス成形のシミュレーション技術を開発し、効率的なガラス成形の方法をすぐに導き出せるためのソフトウェアを実用化しようとしています。
─ シミュレーションができれば、コンピュータ上で最適な条件を見つけられるので、ガラス材や金型の消費を減らして効率的につくることができるというわけですね。
山形; はい、ものづくりにシミュレーション技術を使うことは理研では昔から取り組んでいて、長年積み重ねてきたノウハウなどの強みがあります。今回も、金属の加工向けに作っていたシミュレーション技術をベースにして、ガラスに合うようにフィットさせるようにして開発していきました。金属とガラスは性質が違うものなので、そこはとても苦労しましたが…。
─ 金属とガラスで、どういった違いがあるのですか?
山形; 金属をプレスして加工する場合は固い金属そのままを曲げたりするわけですが、ガラスの場合は高温にして柔らかくした半分液体のようなものを扱うことになります。金属は曲げれば元の形状に戻りにくいですが、液体状の性質も持ったガラスだと粘りも出てくるので、そこはパラメーターとして大きく違ってきます。その辺りを考慮して進める必要があって、大変でしたね。
それでも、ようやくそろそろ実用化できる目処が立ちました。
─ これから有用な非球面レンズが増えてくると、社会はどういう風に変わっていくのでしょう?
石山; 撮影レンズの性能が上がれば、皆さんの生活でも高画質な映像が増えていくでしょうし、半導体なども製造レベルが上がっていくと、より豊かな社会が実現できるのではと思います。
それでも一番期待しているのは、車への搭載ですね。衝突安全の性能がさらに向上するでしょうし、自動運転の技術もさらに発展していくと思います。そこにはAI技術が重要ですが、AIのベースとなる画像情報がより高いレベルになればAI技術の向上にもつながります。そう言った点でも、レンズ製造はこれからも社会の基盤を支える重要な基幹技術であり続けると思いますし、私たちが開発したソフトウェアがそこに貢献していくことを願っています。
山形; また、そのような豊かな社会を実現していくうえでも、環境に配慮した製造プロセスに置き換わっていくでしょうから、持続可能でありながら社会も豊かにする、そんな方向につながっていくといいですね。